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壊れた世界

拭われる背徳


 葵と共に日本を離れることを決めた日、彼から一通の手紙を渡された。
 わたしに似た筆跡でつづられた手紙。
 瑠璃からの手紙だった。

 親愛なる更紗へ。

 あなたがこの手紙を読んでいるということは、葵は私との約束を果たしてくれたのかしら。
 私が死んだ後、更紗の重荷になることは避けたいから、ここで全てを明かしておきます。
 
 更紗。
 私は葵を愛していません。
 私が愛してやまないのは、更紗、あなただけです。
 更紗が葵を愛しているのは知っています。
 二人が想いあっていることは、わたしには手に取るように伝わってきました。
 だけど、葵が果たしてあなたにふさわしい男であるのか、わたしにはわかりません。
 かわいい妹。
 私がいなくなってからも、あなたが幸せに生きていけるのかどうかだけが心配です。
 
 双子の絆。いいえ、私と更紗の絆は、誰にも理解してもらえないのかもしれない。
 私を失ったあと、更紗はどうなってしまうのかしら。
 想像するだけで、胸がはりさけそうになります。
 私が更紗を失うことなど、想像もできない。
 だけど、更紗にはいつかその絶望がやってきます。
 その時に、誰が更紗を救ってくれるのかしら。
 悔しいけれど、いま私が思いつくのは、幼馴染の葵だけです。
 葵は、私には更紗の心を奪う敵でしかなかったけれど、更紗の未来には意味を持っている人かもしれません。

 更紗が私の死を乗り越えてくれるのか。
 幸せになってくれるのか。
 それだけが、大きな心残りになりそうです。

 だから、私はその心残りを和らげるために、葵と結婚することにしました。
 それが偽りの結婚だったことは、これを読むころには知っているでしょう。
 これを読んで、あなたは今、憤っているのかしら。

 私が葵を愛していたら、更紗は絶対に私に彼を譲ってくれる。
 私が死んだ後も、私の気持ちを裏切ることを恐れて、気持ちを我慢する。
 きっと、ずっと、私が希望した世界を守ろうとしてくれるでしょう。
 全て想像できます。

 だけど、私が願っているのは、更紗が自分の未来を生きていくこと。
 あなたが幸せになることです。

 いつか、更紗が私の残した想いを裏切るほど葵を求めた時に、それはやってくる気がしたのです。
 葵には決して真実を明かさないように、お願いしました。
 その約束を破るような男に、更紗を幸せにできるはずがありません。

 だけど、更紗がこの手紙を読んでいるのだとしたら、もう大丈夫です。
 私への裏切りは、更紗が自分の未来を歩きはじめた証。
 そして、約束を守ってくれた葵は、誰よりもあなたを大切に思っています。

 更紗。大好きな妹、私の半身。

 幸せになってください、私の分まで。

 約束よ。

 呼吸を不安定にふるわせて嗚咽する私に近づくと、葵が寄り添うようにわたしの隣にすわる。
 寝台が彼の重みですこし軋んだ。
 ふたたび発作のようにおそった哀しみ。
 けれど、それはあたたかい。
「瑠璃も、葵も、わたしのことを何だと思っているの?」
 二人だけじゃない。父も母も同罪だった。全てが、家族ぐるみで仕掛けられていた。
 泣きながら悪態をつくと、葵の唇が涙をなぞるように頬にふれた。
「瑠璃は食えない女だったからな。ほとんどおまえの小姑だ。僕は半ば呆れていた」
「彼女のことを悪く言わないで」
 大切なものを抱きしめるように、わたしは瑠璃からの手紙を胸におしあてる。
「それに、僕は別に瑠璃に協力したわけじゃない。結果的にそうなってしまっただけで」
「どういうこと?」
 葵の吸いこまれそうな瞳に、わたしがうつっているのがわかる。彼の宝石のような瞳の中に、何度自分の姿を見てきただろう。
 彼はつっとわたしの首筋に指先をすべらせる。その刺激におどろいて、わたしの涙がピタリと止まる。
 葵は満足そうに、わたしの反応を見て笑う。
「死者は美化されるが、それでもおまえの一番は常に僕だ。瑠璃に負けるなんて、ありえない」
「瑠璃に、呪い殺されるわよ」
「彼女がそんなことをするわけがない。僕を呪い殺せば、おまえが哀しむ」
 瑠璃のいだく葵への気持ちを信じていた頃には、きっとたえられなかった葵の台詞。
 この手紙を読んでしまったあとでは、彼が瑠璃に対して辛辣になるのも仕方ないと思えてしまう。
 もう一度、瑠璃からの手紙をかみしめるように胸に抱きしめる。
 彼女の残してくれた言葉は、あたらしい世界を歩いていくと決めた私の背中を押してくれる。
 瑠璃が想い出になることに、もう恐れは感じない。
 手紙の余韻にひたっていると、葵が無造作に瑠璃の手紙をとりあげる。
「これで、サラの心にはもう何の枷もない。全てとりのぞいた」
 手紙をとりかえそうと手を伸ばすと、そのまま手首をつかまれる。
 葵の微笑みに甘い熱がにじみだした。わたしは抗う隙もなく、寝台にひきたおされる。
「僕を選んでも、瑠璃に義理立てをして、こうなることを故意に避けていただろう?」
 寝台にわたしをくみしいて、葵はまっすぐこちらを見る。
「そんな気遣いは必要ないとわかったはずだ」
 気配がさらに近づいた。彼のやわらかな髪が頬をくすぐるように落ちかかる。首筋におしあてられた唇にふるえるように体が反応する。
「待って……」
 思わず訴えると、葵はふっとこちらを見つめて身動きする。さらに何か言おうとしたわたしの言葉をキスで封じた。
 今まで、後ろめたさに苛まれながらも、無理やり葵に奪われてきた唇。
 いつも恐ろしいほどの激しさで責めたてられた。まるでそれが幻であったかのように、今はゆっくりと慈しむように、彼はわたしの唇をついばむ。
「もう、待てない。これ以上は……」
 ついばむような穏やかなキスが、激しさを求めて深く絡みはじめる。やがて葵の大きな手が、肌に触れて熱をつたえた。
 欲情を秘めることもなく、葵は思うままにわたしを翻弄する。
 あたえられる波にこたえるだけで、何も考えられない。
 葵に抱かれて、また一つ世界が壊れたのを感じた。けれど壊れるたびに、新しい世界への道がひらかれていくのがわかる。
 瑠璃との美しい想い出を胸に、わたしは葵とこれからを生きていく。
 失った半身のぶんまで、しあわせになるために。

壊れた世界 END

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サイトup 2017.10.29

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