Back * 目次 * あとがき

夢の果てで会いましょう

エピローグ

 大学の校庭で、一人の男子学生が、桜の樹の前で立ち尽くしている。まるで、その降って来る花びらに、何か思う事でもあるように。細身の体躯で、見た目は格好が良い。癖のない髪が、風を受けてさらりと翻った。
 私が桜の樹と、その男子学生とを見比べていると、彼はふいにこちらを見た。綺麗な顔に、無邪気な笑顔を浮かべた。
 この大学の人だろうか。そうだとすると、近々ここに入学する私の先輩と言う事になる。
「君は、まだ住む所決まってないよね」
 やけに断定的に、彼はそう言い切る。私はいきなりの言葉にびっくりして目を丸くする。それに、彼の言っている事は私の状況をピタリと言い当てていた。この大学は、とてもじゃないけど自宅から通えない。だから、私はここ最近ずっと部屋を探して歩いている。中々決まらなくて、もうすぐ入学式で大学も始まるというのに。私は少し焦っていた。何とか部屋を見付けなきゃ、って。寮は嫌だしな。
「僕の家、今一部屋空いてるよ。下宿してみる?」
 ふつう出会って、いきなりそんな事を言うだろうか。だいたい私はまだ部屋が決まっていないなんて、彼に一言も言っていないのに。何だか、すごく怪しい事態だけど、でも、彼の笑顔はなぜか私の警戒心を緩めた。
 呆然としてる私を見て、彼は少し焦ったらしくて、名前を名乗る。
「あ、ごめん。僕は山田次郎って言います。この大学の近くに住んでるんだけど」
 山田次郎? その、あまりにも取って付けた様な、平凡すぎる名前は何なの? 何だかますます、怪しい。
「住む部屋、決まっていないんだろ?」
 ニコニコと人懐こくほほ笑むので、私もつられて笑ってしまう。
「え、ええ。まぁ」
「じゃあさ、とりあえず下見においでよ」
 こんな怪しい出会い方で、私はどうして彼にノコノコとついて行ったのか、自分の行動がよく分からないんだけど、でもあの笑顔、私は知っている気がする。なぜだか懐かしい気がするのだ。
「名前は?」
 彼が前を歩きながら聞いた。
「早坂あやめです」
「大当たり」
「は?」
「ああ、こっちの話だよ」
 しばらく住宅街を歩くと、山田という表札のかなり大きな家が建っていた。どうやら彼の名前は嘘偽りなく本名だったみたい。
「お邪魔します」と挨拶をすると、奥からこれまた長身の男の人が出てくる。
「初めまして」
 落ち着いた感じの、容姿端麗な人。この二人は兄弟かな、そんな気がする。
「あ、これは僕の兄貴。山田一郎って言うの」
 今度は山田一郎か。まぁ、まだ山田太郎よりはマシだけどね。私が空いてるって言う部屋を見て、それがあんまりにも雰囲気が良かったから、少しばかり感激して居間へ入ると、どうやら山田先輩の母親らしきふくよかな女性がお茶を入れてくれていた。
「初めまして。この子がいきなり勧めたみたいで。お部屋はどうでした?」
「あ、とても、素敵ですね」
「そうですか。それなら良かった。まぁ、座ってお茶でもどうぞ」
 言って彼女は居間から出て行く。山田先輩が「座れば」と促してくれるので、私は腰を降ろしてお茶を御馳走になる。先輩のお兄さんである一郎さんも、一緒に居間でお茶を飲んでいた。
「今のは俺のお袋。親父は仕事でいないけど」
「あのぅ、本当にいいんですか。何だか、あんまりにも急で」
「いいんだよ」
 言って、彼はまた人懐こく笑う。何だか、本当に懐かしい笑顔だ。
 私は少し顔が赤くなるのを自覚して、咄嗟に視線を泳がせた。棚の上に、綺麗な写真立てに入って、一人の女性の写真が飾られていた。色白で華奢な、綺麗な女の人。
「あの写真の人は?」
「あ、あれは」
 山田先輩は少し戸惑った声を出す。一郎さんがゆっくりした口調で教えてくれた。
「彼女は、俺と結婚する筈だった女性、かな」
「え? じゃあ、婚約者ですか?」
「婚約する前に、死んじゃったけどね。俺を残して」
「あ、ごめんなさい」
 私が謝ると、一郎さんはほほ笑む。
「いいんだよ。彼女はね、今も俺の中で生きてる。いつか誰かに聞いたな。夢の果てで会えるって」
 ふっと、胸の奥に沸き上がる何かがあった。懐かしい、同時に切ない。
 この感じはどこから来るんだろう。私も聞いた事があるような気がする。夢の果てで待ってるって言う言葉を。
 夢から醒めると、また次の夢が待っている。そうして目覚める度に、幸せに近づいて行く。哀しみも苦しみも乗り越えて、自分で努力して、幸せを手に出来る。そうして、生きて行くのだと。それが、大切な事だと。
 夢の果てで、ほほ笑んでる誰か。夢の果てで、誰かがほほ笑んでる。
 何だろう、この感じは。
「綺麗な人ですね。優しそうで」
「うん。彼女とどこかで、夢の中だったのかな。とにかく約束した気がするんだよ。幸せになるってね。俺が幸せになるのを彼女は願っているような気がする。それで俺が幸せに生きて、死んだら、夢の果てで彼女に会えるんだよ」
 優しい瞳を写真に向けて、彼はそんな事を言った。山田先輩も少し切ない目で彼を見ている。一郎さんは空気が沈んだ事に気付いたのか、慌てたように言った。
「あ、ごめん。初対面の子にいきなりこんな事を話して。そういう顔しないで。俺は今ちゃんと幸せだし。次郎、お前もフォローしろ」
「あの、私、何て言えばいいのか分からないけど、素敵ですね。素敵な人だったんですね」
 一郎さんは私を見てほほ笑んだ。嬉しげな笑みで、彼はわずかにうなずいた。
「ありがとう」
 
 大好きな、あなた。幸せになって、誰よりも。
 あなたは幸せになれる筈だから。
 必ず幸せになって、誰よりも。
 
 愛しているわ、あなた。誰よりも、何よりも。
 あなたがあたしを愛してくれたように、それよりも強く、あなたを想っている。
 だから、もう泣かないで。
 
 わたし達は、ふたたび夢の果てで出会う。
 夢の果てで、もう一度会える。
 だから、信じていて。笑っていて、いつまでも。
 
 約束するから。いつか、かならず。
 
 夢の果てで会いましょう。

 山田先輩の庭でも、桜が咲いていた。私はふと、声を聞いた気がして、その桜の方を振り返る。
 優しげな音色のように響いた声、それとも想いだろうか。
 春の幻が聞かせる幻聴。
 胸の奥に沸き上がる、暖かい思いがある。
 その声はなぜだか、とても、懐かしかった。


夢の果てで会いましょう END


          CAST

Ichirou Yamada

Touko Yamada(Shimizu)

Jirou Yamada

Ayame Hayasaka

Juzeet.E=Rancastor

Baku




          STAFF

Kyouko Nagatsuki


Thank you for Reading.



Back * 目次 * あとがき

執筆年月日1994.2.26 サイトアップ2003.3.8
推敲年月日2006.2.18 サイトアップ2006.2.18

もし良かったらアンケートにお答えください。



誤字脱字のお知らせor何か一言があればどうぞ↓。